『フライの雑誌第57号』の内容の一部

川辺の人(2) 備前 貢
 二月中旬、ニュージーランド南島に来て、ふと気づいてみると二週間が過ぎていた。あれよあれよという間だった。帰国するまで、あと四日。
 毎日、気の合う仲間たちと釣りに行き、おいしいものを料理しては食べ、よく話し、よく笑った。そんな日々を過ごしていれば、二週間なんて、あっという間だ。
 その間に、一緒にここへ来た友人は一足先に帰国した。こちらに来て知り合った、何人かの日本人の新しい友人たちも、一人、二人と帰っていった。
 昨日は、名古屋から来ていた失業中の若い青年を見送って、今日の午前中はホンコンで働いているご夫婦と、またの再会を約束してさよならをした。
 こちらに来てから、ずっとお世話になっている釣り宿「よろずやハウス」の主人で宮城のバンブーロッド・ビルダーの斎藤さんも、三か月間の滞在を終えて、帰ってしまった。
 ぼく一人になった。毎日にぎやかで、いつも誰かが笑っていた「よろずやハウス」は、シーンと静かになった。

多摩川水族館(32)メダカとツルンと生まれた僕の関係 中本 賢 
 かねてから気になっていた事柄を、メダカの卵で調べてみた。つまり、「引力」と「お産」の関係についてだ。
 一見、どうでもいい話に聞こえるかもしれないが、これがどうしてのっぴきならない不思議を生んだりするからほってはおけない。
 たとえば、魚の産卵観察をねばったとする。何日もチョロチョロとしか集まらなかった魚が、突然群れはじめていっせいにその気になったかと思えば、ピタッと醒めてみたり……。同じ水量、同じ条件にもかかわらず、極端に景色が変わるからますます疑惑が湧いたりもする。
 引力のことが気になるようになったのは、やっぱり汽水域を観察するようになってからだ。潮の干満によって生まれる汽水のメカニズムと、それをみごとに使い浸透圧調整をして川に突入する魚たちを見て以来、この、なんとも不可解なリズムが気になって仕方ないのだ。
 さしずめ、これは一度潮の干満のみで魚のやる気を調べてみねばなるまい……てな事にで、またまたアホな観察にホーけた。

海から来る魚「多摩川のマルタ」 中沢 孝
 東京都の多摩川の下流域から釣り人の姿がめっきり少なくなったのは、もう二〇年以上も前からのことだ。
 水量は少なく、水は澱んで、ドブ臭かったり、石けん臭かったりする多摩川下流域から釣り人の姿が消えはじめたとしても、なんら不思議はない。まして、フライフィッシングを好む者にとっては、本気で釣りを楽しもうとするエリアであるはずもなかった。

ギャンブラーの破滅 まず釣りメディアの意識改革が必要だ 村川堅一 
 ここ数年、北海道の川はどこもかしこも人が多くてあずましくないという。
 それは札幌から四〇〇キロ近くの距離があり、高速道路を利用しても車で五時間かかる僕が住んでいる所だって例外ではない。
 なにやらシーズン盛期の週末には、札幌あたりから来た毛鉤師同士で、朝の三時から場所の取り合いがくり広げられるという。
なかには場所を取られるのがしゃくだからと、朝の四時から夜の九時近くまで同じ場所でロッドを振りつづけたことを、鼻高々に自慢する人までいるから尋常ではない。
そのうえ川で遇う毛鉤師の誰も彼もが「どこそこで五〇センチが釣れたらしい」と、焦点の定まらない虚ろな目をして聞きもしないのに語り始めるのにはウンザリさせられる。
 なぜなら彼らの話をじっくり聞いてみると、要所、要所に必ず一〜二尾はいてライズを狙えば確実に釣れるはずの四〇センチクラスを年に一尾釣る人はまだいいほうだ。地元もベテランも関係なく、大部分の人が毎週のように川に通っているのに二〇センチ前後しか釣れていないと下を向いて告白する。

漁協をつくろう! 釣り人による、釣り人のための、釣り場づくりを考える スズキ・イチロー 
 現在の漁業法において、内水面の漁業権である第5種共同漁業権は、漁業協同組合(漁協)にのみ免許されることとされています。
 水産庁は、昨年行われた約40年ぶりの本格的な漁業法改正に当たって、内水面においては漁協が高齢化・弱体化していることから、漁協による漁業権管理の補完措置が必要という認識を示し、漁協以外の組織による漁業権漁場の管理も今後の選択肢の一つとして認めようと提案しましたが、諸々の曲折をへて、残念ながら漁協の存在を前提とした漁業権制度は維持されることになってしまいました。
 今後、しばらくの間は、これまでとまったく変わらない内水面の漁場管理制度がつづくわけですが、漁協以外の免許主体が考えられないということであれば、意欲ある新しい漁協による漁業権の管理という方向性が検討されてもよいのではないでしょうか。

釣り場の価値ゼロ? 奥多摩は変われるか 漁業権一斉切替え直前。漁協の渓流魚「増殖計画」から見た奥多摩 本誌編集部/堀内正徳 
 本誌第52号『多摩川復活の日はあるか』において、多摩川のここ30年間のフライフィッシングの釣り場としての推移をふり返った。そこには二つの異なる多摩川の姿が描きだされた。 ひとつは、尺を超える美しいヤマメが難しいながらにいつでも狙えたことで、憧れと誇りをもって語られる過去の多摩川であり、もう一つは、昔はよかったが、もうまったくだめになって、放置されるがままの現在の多摩川だった。

オカマの次郎さん 渡辺裕一
 突然の、そして不躾なお手紙で失礼いたします。覚えておられるでしょうか。もう十年ほど前のことになりますが、四谷の荒木町で『スナック楡』を開いておりました次郎です。

 じつは先日、私のいまのパートナーが読んでいる釣り雑誌で、偶然あなたのお名前を拝見し、その内容からもまちがいなくあなただと思いましたので、ただただ懐かしさにつき動かされて、こうして編集部経由でお手紙を送らせていただくことにいたしました。

 あらためて、長々のご無沙汰をお詫びいたします。時の流れはじつに早いものですね。お元気でしょうか。あなたのことですから、きっとお幸せな暮らしを送られていることとお察しいたします。

 私はいま東北のS市で、何とか幸せな人生を生きております。東京のようなひりひりするような刺激はありませんが、こちらにはこちらのなだらかな変化があります。五十代半ばとなった私にも、日々あらたな日常があります。