『フライの雑誌第53号』の内容の一部
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野生のリンゴの木がある川
野々垣洋一
デンマークの玄関口コペンハーゲン空港から国内線で約一時間、日本の小さな地方空港を彷彿とさせるオーフス国際空港の到着ロビーで、ガラス越しに大きく手を振るフリース夫妻が目に入った。なにしろ到着ロビーにいる東洋人は私と妻だけなのだから、見つけるのはたやすい。
三年ぶりの再会だった。欧米流にヒシと抱き合い、ビヤーネのほのかな体臭に懐かしさを覚える。
「本当にヨーイチ?」
ジャケットにネクタイ姿の私を見て、ビヤーネ・フリースはお茶目にそう言った。とにかく仕事を済ませるとすぐにベルリンから飛んできたので、さすがに釣りの格好に着替える暇はない。
八月下旬のオーフスは高緯度地方とはいえやはり夏で、ビヤーネの4WDに乗りながら上着を脱ぎネクタイを緩めた。
「仕事はうまくいった?」
「なんとか終わったよ…。緊張して疲れちゃったけど」
初めてのデンマーク、迎えてくれたのは、十年来の付き合いになるバンブーロッド・ビルダーのビヤーネ・フリース、そして奥さんのハンナ。
ビヤーネは、すでに二五年のキャリアを持つプロビルダーで、実戦から生まれたユニークなアクションに魅せられたファンも多い。ビヤーネの釣りに対する情熱は並大抵のものではなく、シーズン中は毎日のように川に立つ。
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モーニングとシラメと極小ユスリカ
角 敬裕/角 浩司
「今年も始まります。モーニングをゆっくり食べて、シラメのミッジングに熱くなりませんか」
一月中旬頃、岐阜に住む学生時代からの友人のマツノからメールがきた。
そして二月、長良川水系が解禁になって、マツノとその友人のイワタさんからシラメ釣り速報のメールがきた。釣れたシラメとその胃の内容物であるユスリカピューパの画像が添付されていた。
「解禁当初はこんなものです。これから次第に難しくなっていきます。でも大丈夫です。今年はマツノさんが新しいフライを考えました。これがあればいつまでも釣れると思います。作り方は…」
雪の上に並べられた数匹のシラメの画像が、マツノの新しいフライの効果を物語っていた。
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私のフライフィッシャーマン的成分
備前 貢
まるで昨日のことのように思い出せるのに、あっと気づいてみれば、はるかかなたに輝く日々のひとコマがある。
高校生の頃、ぼくが生活していた学生寮に、漢方薬のマニアで、世界の超常怪奇現象や、人間の体の仕組みと化学なんかにやたらと詳しい同級生がいた。
寮は六人で一部屋だった。そいつの机には、わけのわからない粉や固まりの入った小ビンがズラリと並んでいた。それだけならまだしも、意味のわからない記号や言葉が机やベッドにいっぱい貼ってあった。しかも、どこで手に入れたのか、病院や保健室に貼ってある人間の等身大の解剖図を持っていた。最初、それはそいつのロッカーに貼ってあったけれど、寮のみんなが気味悪がるので、結局そいつのベッドの天井に貼ることになったのだ。
寮の新入生といえば、先輩にいじめられたり、コキ使われたりして陰で泣くのが常だった。だが、そいつだけはどの先輩も手出ししなかった。仕返しに、呪いの魔法でもかけられそうな雰囲気だったからだ。
そんなわけで、ついたアダ名は魔太郎。
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五度目のニュージーランド
渡辺貴哉
成田空港からニュージーランド南島のクライストチャーチ空港に着いたぼくは、予約しておいたレンタカーを借り、南に向った。
街中を抜けるとき以外は時速一〇〇キロ以上で走った。日本よりも荒い質感の舗装路を駆けていくときのタイヤの音は、しばらく走るうちに気にならなくなった。
三時間半ほど車を走らせて、レイク・テカポという湖に着いた。ニュージーランド南島の真ん中あたりにある大きな湖だ。
湖畔の街を抜けて二キロほど走ると、「レイク・アレキサンドリーナ」と書かれた道しるべが見えた。
国道八号線を左に折れてアクセルを踏み込むと、タイヤから舞い上がった土埃でバックミラーは何も見えなくなった。ここしばらく雨らしい雨が降っていなかったのだろう。カラカラの空気のせいで車の中までなんだか埃っぽかった。
遠くにわずかな雲が浮かんでいるだけで、あたりに雲はなかった。
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絵描きのヨシオさん
渡辺裕一
私は旅において川の畔にたたずむのが好きである。川の畔に立った時の思いは、例外なく一言を以てこれを言えば、”思いよこしまなし”である。
数日前の夜中、井上靖の本でこの一文を目にしたとき、「ははぁ、この作家は釣りを趣味としない人だな」とぼくは思った。なぜならば、釣り人というのは川の畔にたたずんだとき、よこしまな思いでいっぱいになる人種だからである。たとえそれが、ドブ川のようなものであれ、水さえ流れていれば、魚の影をさがして目が右往左往するものだからである。そして、水中でなにものかが動こうものなら、いっきに気分はたかぶり、呼吸はあらくなり、よこしまな思いでいっぱいになるという気質をもっているのである。そんなことを考えながらウイスキーを飲んでいると、ふと二十年ほど前のある釣行を思い出した。
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