『フライの雑誌第50号』の内容の一部

特集◎オールド・フライリールは魅力的か
 ヨーロッパ、アメリカではアンティーク釣り具がひとつのマーケットを形成している。なかでもオールド・フライリールは数十年前、100年前の品でもモノによっては実用に耐え、仕上げや機能面に現行品にはない味わいがあることからファンが多く活発に取り引きされている。
 いっぽう日本でも以前からオールド・フライリールは一部のコレクターたちに根強い人気がある。また通常の釣りにアンティーク品のフライリールを使うことで、自分のフライフィッシングの楽しみをより広げようとしている釣り人もいる。
 代表的なオールド・フライリールを紹介し、近年のマーケット事情と合わせてその魅力を探る。

※特集記事の中で、46ページの「Raised Pillar Centerpin Reel」の写真に間違いがありました。本来ハンドルが写っている写真が入るべきところに違う写真が入ってしまっています。お詫びいたします。なお、正しい写真が入った訂正ページを51号でご提供しております。


モンタナ州の釣り場管理は日本とこれだけ違う 石井利明
野生のカットスロートは、釣り対象となる三年間に一尾あたりが
七二・六三ドル(約七八四〇円)の価値を生みだす、という考え方

 私は昨年、芦澤基金の短期研修生として、映画「ア・リバー・ランズ・スルー・イット」の舞台にもなったアメリカモンタナ州へ約三か月滞在する機会を与えてもらった。
 私はこの機会に「モンタナの釣り場はなぜ魅力的なのか」について学びたかった。つまり、「アメリカの釣り場を取り巻く社会的環境は日本とどのように異なっているのか」ということについて、少しでも多く学びたかった。
 渡米までに自分なりに資料を集めて読んだつもりでいたが、現地では驚きや感心(なかには多少の失望もある)の連続で、私が抱いていた予想の多くは良くも悪くも裏切られた。
 現在の日本の釣り場には未来が感じられない。そこで例えばアメリカの釣り場事情や釣り場を取り巻く社会事情を紹介すると、「(文化も違えば自然環境も異なる)アメリカだからできるのさ!」という批判や感想が返ってくることが多いにちがいない。しかし、その批判や意見から日本の釣り場の未来は何も生まれない、と私は考える。
 もちろん、私がアメリカ人になれないように、日本にアメリカのやり方をそのまま導入すればすべての問題が解決するわけではないだろう。しかし、日本と異なる理念や組織、そして問題に現実的に対応する彼らの姿勢を学んだことは、私にとって日本の釣り場を見つめ直すうえで非常に参考になった。こんな感覚を一人でも多くの人と共有できればと思う。

コガネムシの夏 備前 貢
 もうかれこれ八年くらい昔の思い出。岩手県の遠野地方を流れる小さな渓流にて。
 その年の晩春、ぼくたちは毎週のようにこの川へ通っていた。五月の終りにはじめて出かけたとき、すごくよい釣りをして、すっかり気に入ったからだ。
 仕事から帰ると、毎晩のように遅くまでパラシュート・ビートルを巻いた。大きくて真黒なビートルがいつも抜群に効いていた。出来上がったフライをボックスに並べながら、次の休みが待ち遠しかった。
 が、東北の晩春から初夏は、とんでもなく駆け足だ。山々の緑は日ごとに色濃くなる。そして、川辺の草木雑草もどんどん勢いを増して、成長し、行くたびごとヤブこぎが大変になった。
 その年最後の遠野釣行となった七月はじめの釣りは最悪だった。すでに真夏の陽気が連日つづいて、はやくも川は大渇水。あっという間に立派なヤブ沢と化した細い流れには、見事なクモの巣が所狭しと張りめぐらされていた。

スタンダード・フライタイイング図説(21)ゾンカー 備前貢
 今や、もっともポピュラーなストリーマーのパターンとして定番中の定番になっているゾンカー。
 ラビット・スキンを細長くカットしたウイングが最大の特長のこのパターンが「ゾンカー」という名前で世界に定着したのは一九八〇年代初めのことです。それ以降、一体全体どれくらいのウサギたちが毛皮を身ぐるみはがされ、染められては細長く刻まれてきたのでしょうか。
 ストリップド・ラビット・スキン(現在ではゾンカー・ストリップという呼び方が一般的)を扱う大手マテリアル・メーカー、ワプシ・フライ社のトム・シュミュイカーによると、年間でなんと四マイル(一マイルは約一・六キロ)以上もの長さのスキンを出荷しているそうです。
 と、これほどまでにポピュラーなマテリアルとフライ・パターンの源泉を探ってみると、意外にも謎の部分も多く、真偽のほどは別として、面白い逸話がありました。

最後の一匹 渡辺貴哉
「もっと丁寧に釣りをしなければ」
 と思うことがある。
 釣り人なら誰にでも必ず、最後の一匹となる魚がある。
 その日を限りに竿を握らないと決めて釣りに出かければ、
「この魚で最後だな」
 と自分自身に言い聞かせることもできるだろう。
 しかし私の場合はきっと後になって、
「あの魚がそうだったのか」
 と、思いかえすことになるはずだ。
 こんなことを考えるようになったのは年齢のせいかもしれない。今、私は三七才。日本人男性の平均寿命からしてあと三、四〇年は生きていられそうだから、まだまだ先は長いとは思う。しかし、もう三七才という感じもしないではない。仮に人生の半分を生きたとすると死ぬのは七四才。まあ、だいたいそのあたりがいい線じゃないかとも思ったりする。
 その歳まで生きていたとして、はたして釣り竿を握れる生活をしているだろうか。それができていれば、私自身も私の周りの人間も幸せだと思う。
 しかし先のことはわからない。