【特別公開】ある県の水産課が法律に基づき、河川工事の際の魚の生息環境への配慮を要請した。すると河川課はどんな反応をしたか。(『フライの雑誌』第108号日本釣り場論77より)

『フライの雑誌』第108号掲載「日本釣り場論77」を全文掲載します。記事の末尾に編集部からのコメントを追補しました。(編集部 堀内)

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日本釣り場論77

中村智幸さんのメールマガジンから
「内水面漁業振興法」をどう使うか(2)

本誌編集部 まとめ

県庁の河川管理部局の担当者は、
「自分たちにとっては、まっすぐで真っ平らな川が理想。」
と断言しました。

あまりに残念無念な話ですね…。
まさかうちの県じゃないですよね?

●フライの雑誌社刊『イワナをもっと増やしたい! 「幻の魚」を守り、育て、利用する新しい方法』(2008年)は、イワナを始めとする渓流魚を増やす方法を、釣り人に身近な視点から分かりやすく説いた楽しい一冊だ。漁協組合員や学校教育の場でもテキストとして使われ、版を重ねている。

●本書の著者の中村智幸氏(現在は国立研究開発法人 水産総合研究センター 増養殖研究所・内水面研究部)は、長年、内水面(川と湖)の魚族増殖と保護の研究に関わってきている。各地の漁協からの講演依頼も多い。2015年からは、国立大学法人 東京海洋大学の非常勤講師として、学生へ陸水学を教えている。陸水学とは、川や湖の生態学を総括的にとらえる学問だ。研究を現場で実践し、現場での経験を研究へフィードバックして、将来のよりよい環境へつなげていく立場にある。

●中村氏は個人でメールマガジンを発行して数年になる。メールマガジンでは、中村氏が業務や個人的経験で知り得た内水面増殖に関する有意義な情報を、読者登録した関係者へ配信している。読者は主に、各地の水産行政担当者、水産研究者、水産教育関係者、漁協、釣り人など、多数にのぼる。中村氏からの問題提起や質問への返信も活発に行なわれている。中村氏に届いたレスポンスを中村氏が編集してまた配信し、さらに議論が深まることもある。

●今回は、今年に入ってから発行された中村智幸氏のメールマガジンから、釣り人にもたいへん興味深い〈魚族の生息環境の保護と河川管理〉のテーマを紹介したい。

●釣り人は川や湖に魚がもっと増えればいいと願っている。しかし日本の川や湖の現実は、ムダな開発行為やダムなどの自然破壊がなかなかとまらない。人間活動の影響を受けやすい上流部のイワナ、ヤマメ・アマゴはもちろん、中下流域のコイ科の魚、湖沼に棲む愛すべき生きもののすみかは、明らかに年々狭められている。

●2014年、新しく内水面漁業振興法が施行された。内水面漁業の振興をうたった法律は日本で初めてだ。内水面漁業の振興のために国と地方公共団体、漁業者がやるべきことをまとめている。(『フライの雑誌』第103号、日本釣り場論75「水産庁内水面漁場管理官に聞く|新しい〈内水面漁業振興法〉をどう使うか」を参照)。

●法律に明記された以上、国と地方公共団体は、内水面漁業(釣りを含む)の振興のために努力する義務がある。つまり、川と湖の漁業資源(魚など)を増やすために、有効な施策を実施しなければならない。

●今年の始め、とある県の水産課が、まさに内水面漁業振興法の精神に基づいて、魚類等の生息・増殖環境に配慮するように、河川管理関係各所へ要請した。すると、河川管理担当はどんな反応をしたか。

●中村氏のメールマガジンで、その結果を紹介したところ、水産行政や関係者から、山のような反応が届いた。憤りもあれば、現実と理想とのギャップを憂いたり、それでも何とかしたいという提案もあった。それらを中村氏がまとめて、さらにメールマガジンで配信した。

●以下に、メールマガジンの内容を編集抜粋して紹介する。転載と内容は中村氏の了解をとっている。公務員の立場からの発言者も含まれているので、一部匿名であることをご了解いただきたい。

(本誌編集部 堀内)

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2016年1月21日付
中村智幸氏→メルマガ読者へ

 ある県の水産職の方から、次のようなメールをいただきました。

 内水面振興法の制定に関連して、水産課から県庁の河川管理関係各所に魚類等の生息・増殖環境の配慮を要請したところ、河川課から次の回答がありました。

 ・河川改修等の工事と魚類等の生物減少の因果関係を証明した事例はない。
 ・工事に際して生態系に配慮しているので、当方には特段の問題はない。

 同じ県知事部局職員として、新年早々がっかりしました。

 ひどく残念な話です。

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2016年2月2日付
中村智幸氏→メルマガ読者へ

1月21日付けのメールへ、多くの方々からご返事をいただきました。ご返事を私だけが読んだのではとてももったいないので、みなさんにご紹介します。

 なお、お名前付きのご返事のご紹介につきましては、その方の許可をいただいています。また、県名などを勝手に伏せさせていただいた場合もありますがお許しください。
(中村)

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以下、[各方面からの反応]

●これはあまりに残念無念な話ですね…。まさかうちの県じゃないですよね?
(大学の先生)

●ばかにした回答ですね。まったく。
(フライの雑誌社 堀内)

●がっかりされた水産課の職員は頼もしい。めげずに反論してほしい。私の県の水産課職員の中には、「河川工事の影響で魚が死んでいますか?」と言う人がいます。
(内水面漁連の職員さん)

建設部と水産担当と漁連と話し合いながら
河川づくりをしてもらえないものなのか」とお願いしたところ、
「それは無理です。できません」とあっさり言われました。

●うちの県ですよね、きっと。以前、ある県の対応を国交省のイベントの際に聞いたとき、その県の建設部の考え方がとても素晴らしく、当県と雲泥の差だと感じました。

 今から5年ほど前、ある会議の後の懇親会の席で水試の方に、「なんとか建設部と水産担当(農政部や水産試験場)と漁連と話し合いながら河川づくりをしてもらえないものなのか」とお願いしたところ、「それは無理です。できません」とあっさり言われました。すごく公務員らしく縦割りの中にいる人たちなんだなぁ、と感じました。
(漁協の職員さん)

●県庁の課の間で協議会を立ち上げないといけませんね。しかし内水面振興法が規定している「協議会」は、行政関係については想定していないらしいですね。協議会を立ち上げなくても、きちんとした協議が可能だかららしいです。いまだに、河川行政にとって水産は敵くらいに考えている人がいるのでしょうね。

 立場が違う中で調整するのが行政の仕事なのに、若者ならいざ知らず、課としての回答を出してくるのだからちゃんと責任ある人が了承したんでしょうから、始末が悪いなぁ。

「河川改修等の工事と魚類等の生物減少の因果関係を証明した事例はない」という言い分が本当(?)だとすると水研センターの仕事(あなたの仕事)がまた増えますね。
(漁協の職員さん)

河川改修で河川環境が単調化した影響で生物相、資源量が大きく影響を受けたということや、まだまだやるべきことがたくさん残っていることが子供でも理解できそうなものですが…。 

●なんだか腹立たしい話ですね。「もっと良くしたい」との思いさえ持っていただけないのが、とても残念ですね。土木研究所自然共生センターの報告や広報誌を読み解いてゆくと、河川改修で河川環境が単調化した影響で生物相、資源量が大きく影響を受けたということや、まだまだやるべきことがたくさん残っていることが子供でも理解できそうなものですが…。 
(県の水産職の方)

●県庁の河川管理部局の話ですが、私も以前、ダムからの濁水の件で協議している中で、「漁協は知事から認可された漁業権に基づいて活動している。」と言ったところ、「知事が認可した権利なら取り上げてしまえ。」と言われたことがあります。県庁内部の打合せということで本音が出たのでしょうが、怒りがこみ上げてきました。

 産卵場造成試験をしている時には、河川工事に関する情報を提供してくれる担当者もいました(おかげでつぶされる前に卵の移設ができました)ので、人柄もあるのかも知れませんが、彼らの多くにとって魚は厄介者という認識なのは間違いないと思います。

 前述の担当者でさえ「自分たちにとっては、まっすぐで真っ平らな川が理想。」と断言しましたから。まったく悲しい話です。
(県の水産職の方)

「水産関係者は、アユの放流方法や魚病対策など、水産技術面で
河川漁業を何とか回復させる努力を行ってきたと思いますが、
それだけでは限界に達してきていると感じます。」

●この方の悔しさ、よく解ります。非常に残念でなりません。当方を含む、水産=海面漁業のニュアンスのある都道府県の多くは、同様のジレンマを抱えているかも知れませんね。

 過去に魚道改修要望のため、この河川を管轄している議員の組合長さんらと行政出先機関の土木部局へ打ち合わせを要請しに行ったところ、土 木、農政、水産部局の方が大勢で、丁寧な対応をしてくれましたが、その大半が自己防衛的なものでした。でも、漁協の方々は満足そうでした。

 後日、今度は議員ではない組合長さんと2人で、別の行政出先機関の土木部局へ魚道改修の効果調査の説明に行ったところ、少数の担当者により酷い対応を受けました。あまりの対応の酷さに今でも憤慨しています。(聞く人間が異なれば、これ程までに対応が違うのかと感じさせられました。) 指摘内容は次のとおりでした。

「魚が通過できない魚道、設計に失敗した事例はほとんど無い。」
「工事に際しては生態系に十分配慮している。勉強不足なのでは。」
「漁協は魚獲りのみしか考えていない。」
「調査しても良いが監視は何度もする。(結局1回しか来ませんでした。)」

 今、考えても酷い対応です。
(県の水産職の方)

環境問題が社会的に重要視されて来ていますが、
本当のところは河川環境の保全や回復に、
行政も含めて配慮が届いていないと感じます。

●滋賀県では10年ほど前から漁業被害が証明されない限り補償は出さないようになりました。以降、土木や農業土木関係の河川施設管理者などの態度が変化したように感じます。以前は、河川環境というよりは漁業組合に遠慮して、工事は漁期を外して行うなどしていましたが、この頃は春から夏にかけても平気で濁水を流す状況です。

 アユ釣りで有名であった愛知川でもダムから濁水が長期に流され、今ではアユの川としての面影はなくなっています。さらに問題なのは、このような状況なのに、川の周辺住民が文句を言わなくなっていることです。河川環境への住民の関心が薄れてきている、と思います。

 これまで我々水産関係者は、アユの放流方法や魚病対策など水産技術面で河川漁業を何とか回復させる努力を行ってきたと思いますが、それだけでは限界に達してきていると感じます。環境問題が社会的に重要視されて来ているようには見えますが、本当のところは河川環境の保全や回復に、行政も含めて配慮が届いていないと感じます。

 今年度から始めました取り組みを紹介させていただきます。愛知川は、源流から琵琶湖の河口まで東近江市を流れています。市長と話す機会が昨年度あったので、「かつての愛知川にアユを中心とした賑わいを取り戻すことが東近江市にとって、とても重要である。」と訴えましたところ、市としてもこの問題を取り上げてくれました。

「森と水政策課」という新たな課をつくって、市民の「森から川の環境」への関心を高める政策を行うことになったのです。昨年9月に愛知川の環境に関するシンポを行い200人以上の参加者がありました。また、愛知川流域の環境を考える学習会を2回やりました。

 成果の一つは、これまで河川環境の悪化に心を痛めていたが、見ているだけの人が実際に集まってきたことです。またダムの管理者が、ダム管理と河川環境の学習に出向いたことも成果です。

 河川は県や国による管理が大半なので、これまで市町村はほとんど関心がありませんでした。今後、住民の思いを集めて市町村とともに河川環境回復に取組たいと思っています。少し長くなりましたが紹介させていただきました。
(滋賀県 藤岡康弘)

水産担当と県土木の間には溝があります。
水産側から、理解を求める行動を起こすことが重要であり、
内水面漁業振興法を大いに活用して、説明を繰り返すべきだ。

●さもありなんと考えます。私が、国交省と、魚の生息条件と河川環境について話し合った際、まさに同じような状況でした。

 その際に、「内水面漁協は河川工事に関して協力がなく、賠償を要求する団体だから工事に係る事前の説明はしない。」と言われ、大議論をしました。その後、新法に関する協議を重ねて歩み寄りを引き出し、内水面振興法の中に「協議会設置」を国交省からの提案で盛り込んだところです。国交省から出先機関に対して〈魚に配慮した河川環境の整備に関しての通達〉を出すことを要請しましたが、出してもらえませんでした。しかし、平成27年1月末に開かれた国交省出先機関の会議で「魚の生息に係る提案等、漁協からの声を聞くように」との説明があったと伺いました。

 かつて私が県にいたときにも、水産担当と県土木の間には溝がありました。これを解消するために、県庁内に農林・土木・環境・都市整備・総合政策の各部からなる「魚類資源の再生に関する協議会」を立ち上げて定期的な勉強会を行った結果、水産資源や漁協運営に係る理解が進んだ経緯があります。

 水産行政に係る水産担当の方々も、現状に鑑みて、水産側から理解を求める行動を起こすことが重要です。そのために新たな法律(内水面漁業振興法)ができたので、大いに活用して説明を繰り返すべきだと考えます。

 ここ2、3年で、2つの県で漁業補償の問題で漁協と土木業者の間でのトラブルが表面化しました。そのうちの一つは漁協側に逮捕者も出たわけですが、いずれも漁業権免許に則った県の指導監督ができていれば防げた案件だと思います。漁業の現場で古い慣習がエスカレートしていったことが、原因にあったと考えます。

 土木側の主張が何を意味しているのか、現場での課題を確認して、「内水面漁業振興法」を根拠に、関係機関への説明と協力要請、状況によっては漁協への指導監督なども行って、まずは都道府県庁内の関係機関の情報共有に努めていただけることを期待します。
(全内漁連 大越徹夫)

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(追補 2016.08.17)

●川や湖の自然環境と魚の保護・増殖に関して、行政窓口になるのは、水産庁と各都道府県の水産担当(「水産課」など)だ。しかし実際のところ、河川湖沼の管理は、国交省とその行政システム(国交省の河川管理事務所、県の「河川管理課」など)に委ねられている。

●日本では魚の生息環境の保護・保全よりも、治水や開発を名目にした土建の論理が優先される。水産行政と漁協は何をやっているんだ、と悩み、イライラさせられる釣り人も多い。釣り人と同じくらいに、心ある研究者、水産行政、漁協の人々も悩み、イライラし、行動している。

●日本の川と湖の釣りの法制度は、実体のない漁業を中心にすえている。生業としての漁師のいない漁業協同組合が、漁業権を持つこと自体がそもそもおかしい。制度と実態がかけ離れていることを指摘し、法律の抜本的な改正を求める声もある。

●とはいえ、内水面漁業振興法ができた以上、これからは魚の生息環境を無視した河川工事などあり得ない。河川管理行政は、魚の専門である水産行政の声をしんしに聞かなければならない。そして水産担当は釣り人からの意見を取り入れ、具体的に河川行政へ反映させることが求められる。

(本誌編集部 堀内)

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『フライの雑誌』108号
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『フライの雑誌』第108号|4月5日発行
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