【特別公開】 特集◎オトナの管理釣り場「この20年間で日本のマス釣り場はどう変わったか」(堀内正徳)

※読者から「第95号の特集に編集部が書いていた文章に賛同します」という内容のメールをいただいた。3年前の文章を読み返したところ、細かいところで修正の必要を感じるが大筋は間違っていない。面白く読めた。

本稿「この20年間で日本のマス釣り場はどう変わったか」は、第95号の特集◎オトナの管理釣り場へ、編集部が書いた小論だ。第2期[フライの雑誌 友の会]の会員向けに無料で公開している。今回最新の第103号が出た記念ということで、本欄で公開する。

この記事のあとに続く「本誌取扱店が推せんする 全国オトナの管理釣り場33」は、たいへん評判のよかったお役立ち記事です。「上質な管理釣り場」にご興味を持った方は、ぜひ第95号をお手元にどうぞ。

(『フライの雑誌』編集部)

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たった20年前、日本にキャッチ・アンド・
リリースをうたうマス釣り場は、
釣り堀を含めて、ひとつもなかった。

『フライの雑誌』第95号(2011年12月20日発行)
特集◎オトナの管理釣り場から

この20年間で日本のマス釣り場はどう変わったか

キャッチ・アンド・リリース区間の登場と
管理釣り場の現在、過去、未来

本誌編集部

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時代は変わった

本誌第38号(1997年)で、「日本の釣り堀(管理釣り場)事情」という特集を組んだ。日本のフライフィッシング専門誌で管理釣り場特集は初めてだった。当時、釣り業界のだれかに次号の特集内容を聞かれ「管理釣り場です」と言ったら「釣り堀ぃ?」と笑われた。こっちもおそるおそる言っていた記憶がある。今とは隔世の感がある。

「管理釣り場」とはどんな釣り場のことか。〝お金を払って釣りをする〟のは一般の漁協管理の内水面も同じだ。本誌でも過去の記事で、一般釣り場と管理釣り場の差異とは何かを考えてきたが、すでにあまり意味がないようだ。今号では管理釣り場の定義はないし、定義づけもできないということにしておく。

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2011年の日本で、マス類の管理釣り場の総数はさほど変わらないにしても、釣り場の多様性は以前とは比べものにならない。いくつかの釣り場は〝カンツリ〟と呼ばれ、生き物を相手にしたゲームセンターの感覚に近い。

とくにここ4、5年でゲームセンター感覚、もしくはパチンコ店感覚の管理釣り場利用者が増えているように感じる。

他方、自然の状態に近いことを売りにしている管理釣り場もたくさんある。オーナーが代わるなどして、昔からの営業形態を現代風にリニューアルし、再出発をはかっている管理釣り場もいくつかある。

総体的には日本の管理釣り場は高度に分化し、発展してきているといっていい。魚の質もひと昔前とは比べものにならない。いまや〈ゾウキンマス〉という言葉の意味を知らない人も多いのではないか。

管理釣り場しか行かない、行ったことがない、行く気がないフライフィッシャーは珍しい存在ではない。いいわるいや好きかキライかとは別の話だ。

釣りブームの頃、釣り人と釣り場、
魚のバランスは崩れていた

最近20年間の日本のマス釣り場を俯瞰すると、それまでになかった釣り場の形態が登場してきている。〈キャッチ・アンド・リリース釣り場〉である。22頁から始まるおすすめ管理釣り場のアンケートでは、〈キャッチ・アンド・リリース区間も含みます〉とした。

ここで、日本のスポーツ・フィッシングの歴史をおおざっぱに振り返ってみる。

日本でのスポーツ(レクリエーショナル)・フィッシングを目的とした管理釣り場の発祥は、トーマス・グラバー氏による奥日光湯川へのブルックトラウトの放流(1902年/明治35年)まで遡る。1955年に養沢毛鉤専用釣場(東京)、1956年に大丹波川国際虹鱒釣り場(東京)が誕生した。一般人のレジャー施設としての〈マス釣り場〉は、1970年代から80年代にかけて隆盛を極めた。

釣り人が爆発的に増えていた当時、一般の湖や渓流の釣り場でも、少ない魚を大勢の釣り人が寄ってたかって奪いあう状況だった。魚の養殖技術も発展途上で種苗の価格も高価だったために、放流量も限られていた。そして多くの釣り師にとって、釣った魚を持って帰ることがあたりまえだった。実際、関東近辺の渓流では今からは考えられないほどに魚が釣れなかった。

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1990年、「マス釣りをスポーツとして楽しみたい釣り人の集まり」を標榜するトラウト・フォーラムが発足した。自分たちの大切な趣味である釣りを次世代に受け継ぐ環境整備をしようという主張は多くの賛同を集め、有料会員数は一時期1000人を超えた。

その頃のトラウト・フォーラムの提案のひとつが、「日本の川にキャッチ・アンド・リリースの釣り場を作ろう」だった。スポーツ・フィッシングのシンボルがキャッチ・アンド・リリースだった。各地に種がまかれ、1997年、山形県寒河江川に日本で初めてキャッチ・アンド・リリースを推奨する釣り場が生まれた。

キャッチ・アンド・リリースの釣り場は全国に50カ所以上ある。

「釣っても再放流する」釣り場は年を追うごとに増えていった。いまや漁協管理の内水面だけで、全国に50カ所以上の〈キャッチ・アンド・リリースの釣り場〉があると言われている。キャッチ・アンド・リリースをレギュレーションとして規定した民間の管理釣り場も多い。

しかしたった20年前、日本に〈キャッチ・アンド・リリースの釣り場〉はゼロだった。

当時トラウト・フォーラムの事務局を担当していた木住野勇さん(東京都)は、次のように振り返る。

「その頃、私も含めて多くの参加者には、釣る魚がどんどん減っていなくなることへの、なんとなくモヤモヤした危機感がありました。

トラウト・フォーラムが初めて養沢毛鉤専用釣場でキャッチ・アンド・リリースの実験をした(1990年)のは、その有効性をデータとして実証するという目的以上に、キャッチ・アンド・リリースという思想をシンボリックに打ち上げるためのイベントでした。」

日本は急峻な地形の島国で、淡水には恵まれているけれど国土が狭い。〝川の釣り場のマネジメントは難しい。〟というアメリカ人の発言を以前どこかで読んだ。川は出水も多いし、魚も流出する。人間の管理もしづらいという意味だった。

第五種共同漁業権を設定した河川の釣り場管理は、なかなか〝うまくいかない〟。日本の古い漁業システム、〝滝のよう〟と表現される自然環境など、うまくいかない要因は多そうだ。

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本誌第38号のインタビュー〈管理釣り場マネジメントから見る日本の釣り場〉で、加賀フィッシングエリア・マネージャー(当時)の里美栄正さんは、「現在の日本でアメリカ並みの釣り場をつくるには、『上等な管理釣り場をつくる方法』を考えた方がはやいのではないでしょうか。…なるべく広い範囲の自然河川を使った管理釣り場でアメリカ並みの厳しい規則を! と考えた方が話が早いのかもしれません」と言っている。

「広い範囲の自然河川を使った厳しい規則の管理釣り場」とは、当時は無かったキャッチ・アンド・リリース釣り場の設置を意識した発言だったろう。このインタビューから15年がたって、日本のマス釣り場がアメリカ並みだと感じる人はさすがにいなくても、全般によくなったかどうか。その判断は釣り人それぞれがすることだ。

今の釣り人は釣り場に困らない

木住野さんは言う。

「キャッチ・アンド・リリースの釣り場と管理釣り場とは違う、という議論もありました。でも今寒河江川の登場から10年以上たって俯瞰すると、キャッチ・アンド・リリース区間も管理釣り場も漁協管理の河川湖沼も、同じです。ただそこに水がある。魚がいる。釣り人はいくら払うか、魚がどれくらいいて釣れるか釣れないかだけの違いです。境があいまいになりました。ボーダーレスなんです。

キャッチ・アンド・リリース区間は、安価な管理釣り場だとも言えます。安い金額で気軽にマス釣りを楽しめる釣り場が、全国に数多く存在している事実は、その裏にやはり社会からの要求と必然があったからだろうと思います。

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中身を見ていくと、ただの濃密放流区だったり、観光地の客寄せだったり、金もうけ目的だったり、一部の釣り人が自己主張して一見さんの釣り人には居心地がよくなかったりする、閉鎖的な雰囲気の釣り場もあるようです。しかし、色々な人がそれぞれでいっしょうけんめい考えた結果が、現在です。

一方で、キャッチ・アンド・リリース釣り場が増えたことで、既存の管理釣り場(釣り堀)が個性を打ち出すようになった。より一般渓流に近い自然環境を大切にするとか、レストランなどのサービス施設を充実させるとか、魚の質をあげるとか、いろいろな志向をアピールしている。いいことだと思いますよ。

今のフライフィッシャーは釣り場に困らないと思います。行きたくない釣り場には行かなければいいんですよ。行かないのも選択のひとつです。うんと建設的にとらえれば、好き嫌いは別にして、日本のマス釣り場環境は20年とは比べものにならないほど広がっているし、多様性もある。釣れる魚の総数も増えました。

あの頃に自分たちが描いていたマス釣り場の理想像と比べると、なんだかなあと思う部分もあるけれど、ここ20年の動きを分析したうえで〝それもありだよね〟って、思える。流れはつながってるんですよ。」

上質な管理釣り場を気持ちよく利用する

若いころは東奔西走、夜討ち朝駆けであちこちの釣り場をつまみ食い、遠征しまくっていた釣り人も、年齢とキャリアを重ねるとともにだんだん自分の好みが定まってくる。

それぞれの事情によって遠くの釣り場へ行けなくなりもする。釣果そのものより、限られた時間をどのようにキモチよく過ごすかが大切になる。べつにワイルドな自然を求めて遠くへ行くばかりが釣りではないと気づく。そんなとき、上質な管理釣り場はよい友だちになる。

釣りの楽しみ方も成熟してきている。日本のフライフィッシャーの知識と理論、それに実際に魚を釣る力量の平均レベルは世界でも有数だ。技術が向上すれば同じ場所の同じ魚を釣るのでも、あれこれと方法を変えて楽しめる。観察力が深まれば、同じ場所で季節の移ろいをより綿密に楽しむ釣りもできるようになる。

釣りの奥行きが深いフライフィッシングでは、ハード面が釣りの楽しみに影響する要素が、他の釣りよりも低いかもしれない。はやい話、フライフィッシングなら考え方次第で釣り堀でも充分にたのしめる。

これからの管理釣り場は、さらにもっと魅力的な個性を意識しないと、生き残れないだろう。経営する側にとってはたいへんな時代だが、釣り人にとってはわるくない状況だ。もちろん、人の手垢が少ない釣り場を次世代に残すことは何よりも大切だ。世の中すべての釣り場が営利目的の管理釣り場になったらと思うと、ゾッとする。大切なのは〝選べる〟環境を維持しておくことだ。

次頁からの〈オトナの管理釣り場33〉では、全国のフライショップからオトナが喜ぶ管理釣り場と、そこでの楽しみ方のアイデア例を紹介してもらった。釣りはしょせん人それぞれの好みだから、異論もあるだろう。どこに行くか、そこの釣り場へ何を楽しみに行くかのヒントにはなると思う。

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管理釣り場を含めた内水面─、湖、川、池に放流されているマスの数は、おそらく日本が世界一だろう。釣り人一人あたりの〝釣れるマス〟の数は多く、行ける釣り場の数も多い。

そんなマス釣りの時代に私たちは暮らしている。  

(文責/編集人・堀内正徳)
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特集とびら
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○天国の羽舟さんに|島崎憲司郎
○〈Shimazaki Flies〉シマザキフライズ・プロジェクトの現在
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『フライの雑誌』第113号
本体1,700円+税〈2017年11月30日発行〉
ISBN 978-4-939003-72-1 AMAZON