『フライの雑誌第62号』の内容の一部
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座談会/夏の川へ「陸生昆虫の釣り、その楽しみ」
黒石真宏/備前貢/角敬裕
「夏の川」で釣りをしていると、ふと郷愁のようなものを感じることがある。たとえば、川原を歩いていて草いきれのムッとした匂いと湿度を感じたとき、流れに出たとたんひんやりした空気がスーッと頬を撫でたとき、あるいは陽が暮れていよいよ夜の帳がおりてきた河原をひとりとぼとぼと帰る道すがら、民家から夕餉の家族たちの話し声が聞こえてきたとき…。そんなとき、子どもの頃の「夏の川」での思い出が呼び覚まされ、目の前の風景とどこかでつながって郷愁を帯びるのだろうか。思えば、子どもの頃の川遊びは、夏休みにするものだった。
この夏が始まりかけた五月下旬、黒石真宏さん(一九五八年生まれ/東京都目黒区/自営業)、備前貢さん(一九六四年生まれ/静岡県富士宮市)、角敬裕さん(一九六五年生まれ/東京都杉並区/会社員)にお集まりいただき、近年の「夏の川」で、どのような釣りを楽しんでいるのか、また、子どもの頃にどのような「夏の川」を体験したのかなどを語っていただいた。
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一九八七年、夏
備前 貢
どんな夢を見ていたのか、すっかり忘れている。でもあともう少し、夢の続きが気になる。あともうちょっとだけ、目が覚めていく直前の、あのトロンと甘い蜜の中に浸っていたい。
そんな起きてるような、寝ているような、曖昧で甘美な時間。
「グゥロロロロロロ……」
低い耳鳴りのような唸り声が耳元で響き始めた。それで完全に目が覚めた。
まだ若いミケ猫のオロナインが、ぼくの毛布をオカズにして、オナニーをしていた。
グルグルと喉を鳴らし、オシリを高く突き出した姿勢で、前足を交互にゆっくり動かして、憑かれたように毛布を押していた。目を半開きにして、恍惚の表情を浮かべている。
あんまり可愛いので、「オロナイ〜ン、おはよー」と言いながら、毛布でギューッと押さえつけて布団蒸しにしてやった。至福の時間を邪魔されたオロナインは、フガフガ言いながら怒って暴れた。
獣医の資格を持っている知人の話だと、なんでも猫のこの仕草は、母親の母乳をねだるときの記憶を辿っての習性なのだそうだ。
(ほんまにもう、オロナインったら、甘えんぼ…)
オロナインの朝飯に、昨日釣ったばかりの岩魚を丸ごと一匹やる。うまそうに、骨をバリバリ割りながら一気に平らげた。そして、さも満足げに顔を前足で洗うと、どこかにでかけていった。
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Shimazaki World 9
腰痛、釣りノート、シマザ木
島崎憲司郎
シマケン腰痛でダウン
◆ワタクシ事ですけどね、去年(二〇〇二年)の五月にここ(腰)をやっちゃいましてね、背骨がこう魚の骨みたいに縦にズーッとつながってるでしょ、あの一個一個のユニットの間にツイカンバン(椎間板)とかいうショックアブソーバーがこうあるわけ、衝撃だの荷重だのをそこで吸収するようになってる…ヨ〜ク出来てるんですよね。でその、椎間板ってやつの中の、一種のクッション材のね、ズイカク(髄核)とやらがバーンと外に飛び出したという状況がヨウツイツイカンバンヘルニア「腰椎椎間板ヘルニア」っていう病名なんスね。
◆ホントはね、テメエのビョーキのことなんてのはさァ、それもこんな椎ヘル程度のことなんてのはネ、大の男が人前でダラダラ話すべきことじゃないんだけどね…昔だったら「何ザマス、それでもニッポンダンジですかッ」な〜んて帝国婦人会のオバチャンとかにドヤされるかもね(笑)。
◆『フライの雑誌』の編集部にね、シマザキのやつはどこウロウロしてるんだとか、釣りやめてしまったのかとかいう問い合わせがなぜか再三来るっつうわけでさ、だいぶ前に「鳴かず飛ばすの日々」とかいう変てこなのをチョコッと書いてからホントに鳴かず飛ばずじゃないかト。ひょっとするとあいつ、風船オジサンみたいにどっかに飛んでっちゃったんじゃないのかとかね(笑)。そこで編集長サマの鶴の一声だ。「桐生行ってヨ〜ク聞いてこい」ってワケですヨ。で、今こうやってナニしてるワケですけどね。こっちがしゃべらせてくれっつってしゃべってるんじゃありませんからネ。そこんトコよろしく(笑)。
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スタンダードフライ・タイイング図説(31)陸生昆虫の釣り、熱き先覚者
たちとそのフライ
備前 貢
アリやコガネムシ、あるいはバッタ(ホッパー)などなど、さまざまな陸生昆虫を模したテレストリアル・フライ。今や全世界で膨大な数のフライが知られているこの分野の足跡をたどってみるという、なんだかとっても無謀な今回のこのコーナーです。
で、テレストリアル・フライの進化の流れにとって重要なものを挙げていくと、意外にも少ないことに驚きます。これは、テレストリアル・フライが、釣り人に注目され、重要な分野だと認知され始めたのが、そんなに古い話ではないことを表していると言えます。また、ここ数年で急速な進化と発展を遂げた分野だという見方もできそうです。
さあそれでは、そんな現在もまだまだ進化の過程の真っ只中にあるテレストリアル・フライの基盤となったフライたちをいくつか見ていくことにしましょう。
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釣り場時評(38)リリースを法的規制するのは、とんてもなくおかしく、間抜けだ
水口憲哉
最近、キャッチ・アンド・リリースについての論議がかまびすしい。それは、規則や法でリリースを禁止するなどというとんでもない、想像もしなかったことがやられていることと無関係ではない。筆者もそのやかましくしている者の一人なので今回はそのあたりを少し整理してみたい。
釣った魚、獲った魚を放流するというのは釣りの目的と深くかかわっている。釣りの楽しみ方にはいろいろある。
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11ポンド
の川
田中啓一
私と渡辺さんは、クーロウの町に滞在しながら楽しんだ二日間のワイタキリバーの釣りを終え、途中オマラマの近くでアフリリリバーをひやかして、一日がかりでクライストチャーチの街に戻ってきた。
クライストチャーチの渡辺さんの家の近くに、ニュージーランドのソーセージコンテストで優勝した肉屋があるという。
「うまいぞー。買って帰ろう」
渡辺さんがそう言うものの、クーロウで地上最悪のソーセージを食わされ、ニュージーランド人の味覚の何たるかを知った私は、食うまではその言葉を信じないことにした。その肉屋はごく普通の店構えで、ソーセージもそれほど高いものではなかった。見た目は確かにうまそうである。
太いの細いの辛いのとりまぜてつごう十五本ほど買って帰った。
渡辺邸に帰り、やれやれとひとっ風呂浴びて、渡辺さんはビール、私はコーラを飲み、夕食の準備にとりかかった。ジュージューと音をたててソーセージが焼けるにおいがキッチンに充満する。見るからにうまそうで、私の猜疑心はすでに崩れかけていた。それにしてもこのにおいは空腹にこたえる。別の鍋では小振りのジャガイモが茹で上がりつつあった。
今晩、私達はこれから家にやってくるピーターをまじえ、明日からの地元のスプリングクリークの釣りに向けて、夕食をかねた作戦会議を開こうとしていた。
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教師
のマイケル
渡辺裕一
白いペンキが剥げかかった、木でできたちいさな橋。そのたもとの雑草が生い茂った道路わきに、マイケルは車を止めた。橋の反対側には斜めにかしいだ電柱が立ち、その下の方にブリキでできた郵便受けが取りつけられていた。そこから牧場のフェンスがつづき、羊の群れが草をはんでいる。はるかその先に石造りの古い農家が午後の光を浴びてたたずんでいる。何もかも、あの頃のままだ。二十年前とおなじだった。ニュージーランドの南島、クライストチャーチの街から三十分ほど南のスプリング・クリーク。
フロントグラス越しにその景色をゆっくりと眺めてから、マイケルは車を降りた。踏みしめた草に、朝露が残っていた。偏光グラスで橋の上から上流を覗いたが日ざしが逆光で水面しか見えない。橋の下流側にまわり、水中をのぞく。砂底に川藻が青い影になってゆれている。マイケルの魚を見つける能力はほとんど神がかっている。たとえていうならば、新聞のページをすばやくめくりながら、いちばん小さな文字の群の中から「魚」という字を瞬時に探し出すのにちかい。
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ドッグフード・フィーダー
黒石真宏
そこは、その緩やかなスプリング・クリークの中でも、ことさら流れの遅い場所だった。すぐ下流にある取水堰が流れを止めてしまうせいである。そこで竿を振るのは、そのときが初めてだった。ほかにもいくつか好場所を知ってはいたのだが、それまで釣りをしたことがなかったその場所の様子も一度見ておかなければ、と思ったのだ。ところが、山岳渓流でフライフィッシングを身につけた私は、ゆったりした流れに苦手意識をもっていた。おまけに川底は砂地のようだし、深くもある。 こんな場所でハッチが起こるのだろうか。どこか、せめてもう少し流れの早い場所へいった方がいいのではないか。
水面は乏しい光をはらんだ曇り空を映して、磨き込まれた鋼鉄のような暗い色をしていた。
ハッとしてそこへ目をやると、なめらかだった水面が崩れていた。リングがゆっくりと、だが力強く、いままで見たことのない大きさにまで広がった。
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