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新装版『水生昆虫アルバム』
内容紹介・書評紹介

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新装版『水生昆虫アルバム』に寄せて(全文)島崎憲司郎
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※『フライの雑誌』第70号から転載

 『水生昆虫アルバム』という書名を自分で付けておいてこんなことをボヤくのも何ですが、この本を単なる水生昆虫の写真集ぐらいに見ている方が今だにいるんですよネ。人それぞれですから、もちろんそれでもかまわないんですが、「それじゃもったいないなァ」と思います。せっかく高いお金出して買ってくれたのにねェ…。
 この本の値打ちは「写真+文章+イラストレーション」の三つどもえによって、読み手の方々が自発的に何かを「ひらめく」ように仕組んであることなんです。一人一人全く異なるフライフィッシングの経験や好みや思い入れがいっぱい詰まった読者の方々のそれぞれの脳のファイルに自然にアクセスして、「ア、思い出したぞ、そうそう、これってあのことだな」とか「オッ、こいつがここで言ってることは俺様のあの手に応用できるな、フヒヒ」というように脳が活性化する呼び水になればいいなと思いましてね。それには右脳と左脳の両方を刺激するのが一番いいんです。
 世の中のほとんどの本は「写真は写真、文は文、イラストはイラスト」というように何人かで分担しているようですが、この本は全部僕一人でやっています。イラストなどは、本職のイラストレーターに任せた方が絵自体は巧いに決まってますが、上手下手は別にして、著者の手ずらからなることの効用は小さくないはずです。この方が隅々まで神経が通いますからね。ハタとひらめくキッカケは、案外微妙な細部に潜んでいたりするものです。少なくとも絵の巧拙にはあまり関係がない。というふうに開き直り、手間を惜しまずトータルで引き受けた次第です。「写真だけ見てるんじゃもったいないなァ」とさっきボヤいた意味が解ってきたでしょ。何だそういうことだったのかと見直して戴けば、たぶんそれまで見落としていた細かなところにもヒントが散りばめてあることにも気づくはずです。そのひらめきを心にとめて再び写真を眺める、あるいは本文を再読してみる、するとまたピンとくることがあったり、思いもよらぬ釣りやタイイングのアイデアが生まれるかもしれません。
 いいですか、あなた自身の感性で「自分でひらめく」んです。「ナントカ川の何々橋の下のプールでコレコレのフライでどうこうすると釣れる」とか何とか言ってるんじゃないんですよ。
本書の初版(1997年)は『フライの雑誌』に87年から93年までの6年間連載した『水生昆虫アルバム』が土台になっています。Part 2の部分が連載記事の大幅改訂増補版ということになりますが、そこから導き出した普遍的な原理部分をフライフィッシャーマンの観点で整理したPart 1/「Uuiversal View」(ユニバーサル・ビュー)という書き下ろしを合体させて単行本化していることが大きな特徴です。もし、この部分を加えていなかったら、「何川の水生昆虫とフライフィッシングの何々」という程度の、日本の一地方に縛られたローカルマニュアルの域を脱していなかったことでしょう。売れても精々三千〜四千部止まりだったはずです。良い意味でも悪い意味でも「ローカル」だった『水生昆虫アルバム』は、「Uuiversal View」という普遍性を帯びて変態し、『A FLYFISHER'S VIEW』という統合タイトルの翅を伸ばして羽化したのだと僕は考えています。
 Part 2には、それぞれの昆虫ごとに羽化の全体の流れを複眼的な視点でイラストで表した見開き2ページの図版を23図追加しましたが、この見開き図などもPart 1のUuiversal Viewを具体的に展開した実例ですし、本文の方もその線に沿って連載時には欠けていた部分を増補しています。つまりPart 1とPart 2とは分離しているのではなくて、相互にリンクしているわけです。
 変な話ですが、僕はギターを弾きながらフライのことに思いを巡らしたり、釣りをしながらギターのフレーズが頭に浮かんだりというふうに、脳の中では異なることを同時にやっていることが多いんです。こういうことは誰でもあると思うんですが、僕の場合は子供のころに木から堕ちて頭を強くぶつけたせいなのか(←笑)、この並行処理の習性が人様より強いんじゃないかという気がします。「お前は何考えてるのか解らないヤツだ」なんて子供のころによく言われたもんです。
 でも、この特異体質(?)が時には効を奏する場合もありましてネ、たとえば小さな水生昆虫の羽化行動を観察したり撮影したりする場合でも、自分が実際に見ているクローズアップの視野と並行して頭の中では時間を前後させた全体の流れを漠然とイメージしていたり、必要とあらば水中の魚の視点に切り換えたりという具合。何かを考えたりするにも複数チャンネルを同時進行させているフシがある。こういうマルチ思考のいいところは「それは全体の中でどの部分なのか」という点をいつも押さえておけることです。ここを押さえおくと、よしんば間違ったとしてもその間違いに自分で気づきやすいし、肩の力を抜いて楽しみながらやっていても、ひょんなことから物事の、本質というか本性というかキモの部分がチラリとかいま見えたりもするんです。
 全体を見渡さずに「部分」だけを切り取って観察してしまう向きが多いようですが、それではエピソードの断片に過ぎず、労多くして実りは少ないんじゃないでしょうか。さながら、外国語に取り組むのに文法をないがしろにして単語だけで間に合わすようなものです。←僕の経験によると、それでも大体の話は何とか通じるようですけれどネ(笑)。



 本書を企画した故中沢孝さん(『フライの雑誌』創始者/初代編集長)は、初版三千部を予定していたのですが、Part 1の原稿や図版を手にして何か感ずるところがあったのか、ただちに二千部加したのでした。三千部売れるだけでも上々といわれるこの種の大型本としては異例の初版五千部は余りにも多過ぎるのではないかと思われましたが、何と最初の四週で八割方さばけてしまい、あれよあれよという間に完売! その後の増刷分も難なく売り切れてたちまち三刷りという具合に幸いにも版を重ね、今度の新装版につながっているわけです。これもフライ関係を始め色々な分野の影響力のある方々が雑誌や書籍などで身に余る書評を次々に書いてくださった賜物と感謝しています。このようなありがたいお力添えがなければ、僕みたいなロクな教育も無い一介の野武士が書いた馬鹿高い値段の本が重版を得ることなど決してなかったことでしょう。
 関係者の間では語り草ですが、 初版刊行予定が一年も遅れてしまった際は、全国から苦情や批判や中傷や罵倒の嵐がとめどなく続き、まさに地獄の一年間でした。あの時、もし安易に妥協してしまっていたら…と考えるとゾッとします。下手すると、フライの雑誌社の屋台骨まで傾かせてしまったかも知れません。
 余談ですが、その当時、僕は地元の漁協の仕事もしておりましたので、シーズンさなかの時期などは朝五時前から昼過ぎに至る野外のきつい作業が時には二日に一日以上という状況の中でクタクタになって帰宅して仮眠し、目をショボつかせながら朝方まで原稿を書いたりイラストを描いたりというハードワークの日々でした。まだ四十代中頃だったから何とかしのげたものの、あちこちにガタがきている五十五歳の今では、とてもじゃないですが無理でしょう。

 収録写真のほぼ全てはオリンパスOM1/OM2という一昔前のアナログカメラと、コダクロームやフジクロームなどのフィルムによるものです。写真の巧拙は別として、フィルムで撮った写真には独特の味や空気感がありますので、デジタル写真が当たり前になればなるほど、逆に新鮮な面もあるのではないでしょうか。現在水生昆虫の写真を撮影しておられる方々にも参考になる点もあるかと思います。今は製造すらされていない旧式機材で撮ってもこの程度の写真が撮れるということは、最先端のデジタルシステムを使えば桁違いに大きな可能性もあるはずですので…。
 僕の場合、これまで色々と眼を酷使し過ぎたせいか、日に日に視力が衰え、ニコンやキャノンのデジカメなども人様に勧められて一応持ってはいるものの、そのマニュアルを読むのすらシンドイ始末(笑)。今や小さな虫にレンズを向けたとしても、散歩がてらの戯れにしか過ぎません。この本を叩き台にして、あなたの素晴らしい写真を撮ってください。
 この本を買おうかどうか迷っている方の中には、御家庭の事情や何かで遠くに出られない立場の方がおられるかも知れません。ひょっとするとその人は、海外でもどこでも自由に行ける人たちから、俺はアメリカの何々川に何十回通ったとか、誰彼でさえ十何回行ってるとか、「それに引き換えキミは、みすぼらしい田舎の川をウロついているだけじゃないか…」というようなことでも口にしたげに見下ろされているフシはないでしょうか。そういう人にこそ、ぜひ本書を捧げたい気持ちです。なぜなら、この僕がまさにそういう立場だったのですから。そんな僕が背水の陣で書いたこの本を読めば、「よーし、オレも一丁やったるかい」と元気がモリモリ出るはずです。
                            good luck!  島崎憲司郎