| ■単行本『水生昆虫アルバム』16ページ「イマージング・ガス/羽化する虫のオーラと気」より

イマージング・ガス/羽化する虫のオーラと気
イマージング・ガスとは、羽化直前のニンフやピューパまたは浮上中のイマージャーの体表や皮下(殻の下)や体内に生じている気体を指す著者の造語である。これまでは、「体表」と「皮下」に見られる例のきらめくガスだけが「イマージャーをとりまく空気のベール」だとか「気泡」だとか「ある種のガス」などという諸家まちまちの表現で云々されていたが、それを体内方向にも拡張し、これら全部をイマージング・ガスという呼び方で総称したことになる。問題のものが体内だけにある場合、外側からは当然見えないわけだが、ここが文字通り盲点だったようで、外から見えないからといって内側に存在しないわけではない。それに、逆説的だが、表面的には見えないということ自体がその表面の特徴にもなるのだ。たとえば、体表が「きらめいているイマージャー」に対する「きらめかないイマージャー」というふうに。
イマージング・ガス
◆なぜ今さらイマージング・ガスなどという新語を使うのか。ひとつには、問題のものは厳密には空気ではないからだ。空気でないものを空気と呼ぶのはスッキリしない。「ガス」であることは確かだが、「ある種のガス」ではいかんせん芸がなく、中途半端の間に合わせ的な感を免れない。こういう大事なことには、どこから見てもピタリ収まる言葉があってしかるべきなのだ。ところが、どういうわけかそれがない。そこで、メアリー・ポピンズの「Laughing Gas(笑いガス)」をもじって「羽化ガス(Emerging Gas)」とやったわけである。言葉というのは妙なもので、たとえばゲーリー・ラフォンテインやバーノン・S・ハイディが言うところの「気泡」という語を「イマージング・ガス」に置き換えてみると、いっぺんにリアルになるから不思議なものだ。適当な呼び名がないものには相応の名前をつけてやる。これが文化というものである。
◆ところで、イマージング・ガスの「ガス」の部分は必ずしも物理的な「気体」の意味だけではない。東洋思想で言う「気」、つまり気功の気、気配や気合などの気のイメージをダブらせて戴くと感覚的につかみやすいと思う。中国哲学では「気」は存在論上の概念や生命力の根源を指し、陰陽五行の考え方とも密接に関係しているが、その線で行くとイマージング・ガスはただの気体にとどまらず「羽化気」でもあるわけだ。つまり「元気」や「色気」の気のニュアンスである。変な話になってきたが、この方がさっきの「ある種のガス」とかいうあやふやな語感より余程真に迫っている(と思いませんか?)。
◆水生昆虫の場合、陸生昆虫とは違って、水中から大気中へ羽化して出るのであるから、羽化の際には翅が生えるなどの外面的な変態だけでなく、呼吸の仕組みを含む生理的なシフトも並行して行われる。イマージング・ガスは、その切り換えに付随するいくつかの特徴的な変化に何らかの形で関わっており、それぞれは後で述べるようにフライフィッシングにも多かれ少なかれ関係してくる。
◆イマージング・ガスは、どんなタイプのイマージャーでも多かれ少なかれ体内側にあることで共通しているが、なおかつそれが体表または皮下に生じている場合、よくいわれるように水中でギラついて見え、Part2ではその実例も色々出てくる。このギラつきを魚がどう感じているかだが、あえて人間の感覚に意訳してみれば、「熱々の料理にホカホカと立ちのぼる湯気」あるいは、「薄ものの着衣から透かし見える若き日のビビアン・リーのやわ肌」とでもいったところか。少なくとも、反射率何パーセントなどといううわべの現象だけではあるまい。生き物の内側から発するオーラのような名伏しがたいなまめかしさ(魚の捕食欲をソソるという意味での)が多少なりともあるはずである。ひょっとすると、先ごろBBCの科学番組でやっていた生物電気といわれる微弱な電流も関与しているかも知れない。「オーラ」のところを「生命感」と言い換えてもほとんど同じである。CDCがあれほど効くのも、このあたりに関係している気がする。模そうとする対象の各部分を逐語直訳的に写したたぐいの手のこんだフライが必ずしも超効果的ではなく、部分部分のレベルではさほど似てはいなくても、対象の全体がかもし出す生命感そのものをフライ独特の流儀で大胆に意訳したタイプのフライがなぜか凄まじく効いたりするのも、そのへんに関わる何事かがあるはずだ。
◆イマージング・ガスはまた、羽化の際にすみやかに脱皮しやすくする役目も担っている。これにはおそらく水圧も関わっているだろう。たとえば、特に水面で脱皮するタイプの場合、ニンフなりピューパなりの背面が大気に触れると殻が裂けて脱皮が始まるという解説をよく見るが、脱皮のうながしはそれだけではなく、水圧の変化も一役かっているはずだ。水圧は水底で最大であり、水面直下で最小値となるからだ。何かの本でこのことを読んだ気がするが、水圧(外圧)が下がっただけ身体が膨らんでシャックを内側から押し広げ、その状態で水面に浮くことによって問題の部位が大気中に露出されることとの相乗作用で殻が裂けるということだろう。べつに水圧や体内圧の変化を計ったわけではないし、そんな設備があったとしても、そこまでやる気は毛頭ないが、もし計ればそれなりのもっともらしい数字が出てくるに違いない。単に胸部背面が大気に触れることだけが脱皮の引きがねになっているのなら、水面羽化型の羽化寸前のニンフを水底に留めた状態で当該部位だけに大気をあててみる実験でもやれば、その時点で羽化がスタートしてしまうはずだが、おそらくそうはならないだろう。しかし、それと同時に水圧も減圧すれば難なく脱皮しだすだろう。ちなみに、水面羽化型のニンフがたくさんついている底石を川底から一気に大気中に取り出すと、瞬く間に脱皮し始めるのがいるが、これなども胸部背面が大気に触れた云々よりも水圧が一気に下がって殻が裂けたと見る方が現実的である。なぜなら、ニンフはまだ全体に濡れた状態なのであり、濡れているということは大気には触れていないということだからだ。
■単行本『水生昆虫アルバム』94ページ「ヒゲナガカワトビケラ」より

◆Part1で述べたハッチ・コードについてここで少し復習しておくと、F2とF3は、F1と違って積極的に「泳ぎ上がる」タイプである。F2の場合は体のくねりだけでなめらかに推進するが、F3ではそれと肢のストロークとを併用してより力強く小きざみな動きで上昇する。なおかつ、水面上に出てからも活発な動作をする場合も多いので、より魚の捕食欲をそそるであろう羽化方法と言える。F3のハッチ・コード・マークは、F2の先に点線状の矢印を延長しただけだが、これはその部分を含めて全体にF2より高活性であることも表している。
◆というようなことを色々言うよりも、実例を見るのが一番分かりやすい。この、ヒゲナガカワトビケラ(以下ヒゲナガ)の場合、大きいことに加えて水中でも水面でもやることなすこと万事がなぜか大変に派手なので恰好の現物見本だと思われる。ここでは、順序を少し変えて脱皮後に水面をもがき走る特徴的な場面から見て行こう。
◆前ページの絵にも描いてみた通り、ヒゲナガは、水面で脱皮してそのまま飛び去るのではなくて、石などの水面から突き出た物にのぼり上がり、後述する一連の風変わりな振る舞いをしてから小休止する習性がある。その場所は特に決まっているわけではなく、要するに「最初に触角なり肢なりが触れた所」が上陸地点となるようだ。水面で脱皮して走り始めると、とにかくどこかにたどり着くまでしゃかりきに走りまくる。真っ直ぐ進むのではなく、S字カーブやジグ・ザグで2〜3m行ったかと思うとグルリと一回りしてみたり、ひたすら上流に頭を向けてもがいているかと思いきや、突如ダーッと斜め下流に5〜6mも突っ走ったりと、かなりメチャクチャである。しかし一見そうは見えながらも「一定の傾向を持った不規則な動き」のようでもある。つまり「流れが弱い方へ弱い方へ」と移動しているフシがある。方向転換のひんぱんさは流れの複雑さとほぼ比例しているようで、単調な流れほどあまり向きを変えずに上流に頭を向けてリズミカルな足取り(?)で流れを横切り、無駄な移動距離は少なくなる。
◆「なぜいつも最短距離で流れを横切らないのか」というのは上から見ている者の感覚であって、水中から水面という新世界に泳ぎ出たばかりのトビケラに「岸」という概念はないだろう。おそらく、水流の弱い方を手さぐり(肢さぐり?)で探しつつ、右へ行ったら流れが強いので左に切り換えという式に、常に行き当たりバッタリで方向を決めるようにプログラムされているのではないかと思う。またこの際に触角もセンサーとして役立てているはずだ。水面を走っているカディスと称するありがちなイラストの「触角の部分」を見ると後方にたなびいていのがなぜか多いが、あれなど相当おめでたい幻想であって実際はああはならない。本物は前にピッと突き出た状態である。それもそのはず、センサーというものは進行方向に向けてこそ有効に機能するのであって、後ろに向いていたのでは宝の持ち腐れだろう。(トビケラは、飛んでいる時も触角をピッと前に伸ばしている。)
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