【特別公開】釣り雑誌は魚の放射能汚染なんぞ扱いたくない。(編集部)

季刊『フライの雑誌』第99号(2013年2月28日発行)に掲載した「日本釣り場論71 つり環境ビジョンは本物か。」を無料公開します。ご興味を持っていただけたら、ぜひ本誌のご購入をお願いします。

福島第一原発事故から2年、『淡水魚の放射能』から半年
「つり環境ビジョン」は本物か。

●福島第一原発事故とそれによる放射能汚染について、本誌前号第98号から現在までの間に世の中に起きたことを、本誌編集部の視点から観察した記録として誌面に残しておきたい。(『フライの雑誌』編集部)

食物連鎖の観点からは
アオミドロの汚染にこそ注目するべきことを
私たち釣り人は知っている。

2012年11月17日
環境省実施「環境省水生生物放射性物質モニタリング調査結果」の第2回春期水生生物調査が公表された。河川や湖沼における水生生物のセシウム汚染の数値が明らかにされた。測定場所は、阿武隈川、真野川、新田川、猪苗代湖、秋元湖。

この調査では初めて内水面の藻類が測られた。真野川を例にとると、藻類アオミドロのセシウム汚染は260ベクレル/㎏だった。同じく水生昆虫(カゲロウ、トビケラ、ヤゴ類)からは297ベクレル/㎏が検出された。汚染された藻類を水生昆虫が食べ、水生昆虫を魚が食べる。真野川のヨシノボリ970ベクレル/㎏、ギンブナ470ベクレル/㎏の汚染はセシウムの移行と濃縮の結果である。新田川のイワナからは11400ベクレル/㎏のセシウムが検出された。

この環境省発表を受けて、新田川のイワナの汚染はマスコミでセンセーショナルに報道された。一方でアオミドロの汚染はほとんど無視された。食物連鎖の観点からはアオミドロの汚染にこそ注目するべきことを、私たちフライフィッシャーはよく分かっている。

2012年12月4日
落合恵子氏主宰のクレヨンハウスから出ている育児雑誌 『月刊 クーヨン』が、2013年1月号で「食べたいけれど心配で…。魚の放射能汚染、どうなっているの?」という大特集を組んだ。

〈子どもには、放射能汚染されたものを食べさせたくない、と気遣うとき、「魚」をどうするかは、判断の材料が少なく、わかりづらいもの。魚の汚染はいまどんな状況なのでしょう? ご一緒に学びましょう。〉(リード文)

『淡水魚の放射能』著者の水口憲哉氏が海の魚と淡水の魚の両方について、放射能汚染の現状と安全な魚の選び方を分かりやすく解説している。魚の放射能汚染の不安をあおるのでも、ごまかすのでもなく、起こってしまった事実を見つめて、どう対応するかを淡々と知らせようとする良心的な記事だった。

裏切られても叩きのめされても
いつかはきっといいことあるにちがいないと微笑むのが
正しい釣り師のあり方だ。

2012年12月17日
衆議院議員総選挙結果が出た。事実を前に、しばし絶句する。しかし、〝期待していた通りの結果に決してならない〟のは、自然を相手にする釣り師にとっては慣れっこである。裏切られても叩きのめされても、いつかはきっといいことあるにちがいないと微笑むのが、正しい釣り師のあり方だ。しつこくてもうんざりでも、忘れずに語り続ければ、次第にありうべき方向へ進んでいくはずだと信じよう。

2012年12月24日
月刊「釣り東北&新潟」1月号がこんな記事を書いた。「食品中の放射性物質による健康被害については、不明な点が多く、小社としても確実な情報を提供することはできません。国や関係各県が発表する情報を基に、各自でのご判断をお願いします。」

釣り人、漁業者、遊漁船、釣り具業界が、ひとしく原発事故で大きな被害を現実に受け続けている東北地方をベースにした釣り雑誌としては、これしか言いようがない。対して同時期のつり人社、釣りビジョン、日本釣振興会は、2012年8月に「麻生元総理と一緒に屋形船で釣りをして東京湾の釣りの安心・安全をPR!」したことを自慢げにひけらかしている。

原発政策を推進してきたのは自民党である。原発事故で釣り人はこの先元に戻ることのない大きな被害を受けた。なのに釣り業界の中心媒体と団体が無批判で自民党の元党首にすり寄っていることに呆れた。〝風評被害〟対策を隠れミノに原発推進のお先棒を担いでいるのと変わらない。日本の釣りの未来は、原発事故の悲惨を引き起こした原因を検証し、反省することから始まると思うがいかがか。

日本の釣り具業界がこのようなかたちで
釣り人から広く資金を徴収したことはなかった。

2013年1月12日
1月11日、フライの雑誌社も加盟している日本釣りジャーナリスト協議会の2013年1月定例会へ出席した。国内釣り具メーカーの業界団体である社団法人日本釣用品工業会(日釣工)は、公益財団法人日本釣振興会と共同して、「つり環境ビジョン」事業計画を進めていくことが発表された。このつり環境ビジョンの大目的は、「持続可能なつり環境の構築」。清掃事業、防波堤開放事業、放流事業が事業の三本柱となる。

事業費用には、環境保全協力費の名目での日釣工会費の増額分と、環境協力費名目での非会員からの一口5万円の寄付があてられる。一般の釣り人の負担もある。2013年4月1日から、日釣工加盟の釣り具メーカーが製造する釣り具関連の新商品全てで、リール・竿で1商品ごと20円、リール・竿以外では1商品ごと2円が一律に賦課徴収される。「環境・美化協力マーク」のシールが目印だ。(プレスリリースの席上では集金目標として「1億」という数字が口頭で伝えられた)。

これまで、日本の釣り具業界がこのようなかたちで釣り人から広く資金を徴収したことはなかった。釣り場環境の持続を名目とした業界団体が主導する〝釣り具税〟のようなものと考えれば分かりやすい。アメリカでのDJ法を連想させる。日本では水産庁が数年前からDJ法の研究を進めてきたが議論は立ち消えになっている。そもそも漁業と遊漁をとりまく行政環境ならびに釣りの文化環境は、アメリカと日本ではまったく異なる。DJ法的なスタイルでの新しい目的税の導入は今の日本では不可能だし、そぐわない。

日本にはいま、水があって魚がいるのに釣りができない釣り場がある。
放射能汚染は地球規模の最大の環境問題だ。
釣り具メーカーがそれに頰被りするのは天に唾する行為である。

業界団体が自主的に費用を工面して釣り環境の改善を進めるのは、政府による強制的な税徴収よりもましだ。問題は、釣り人側が負担増を容認するのか、集められた資金が有効に運用されるかである。「環境・美化協力マーク」付きの釣り具を購入すれば、釣り具メーカーは、釣りと釣り人のために汗を流してくれるのか。

日釣工が全国で実施してきた「ご説明会」の質疑応答のまとめには、放射能汚染に関する記述がなかった。担当者へ質問したところ、「放射能汚染を問題とする意見はあった。多岐に亘るご意見をいただいたので、数の多い順から掲載した。」という返答だった。意見があったのに書かないのは、なかったことにするのと同じだ。

「つり環境ビジョン」を共同して進めていく公益財団法人日本釣振興会の名誉会長は、麻生太郎副総理・財務大臣・金融担当大臣だ。未来へつづく釣り環境の保全を謳うならば、この〝みぞうゆう〟の危機を見つめてきちんと向き合うべきではないか。健全な自然なしには成り立たない釣り業界団体ならではの、軸のしっかりした発言というものがあるはずだ。その上で活動のための資金協力をお願いするなら、納得して払う釣り人も多かろう。

日本にはいま、水があって魚がいるのに釣りができない釣り場がある。放射能汚染は地球規模の最大の環境問題だ。釣り具メーカーがそれに頰被りするのは天に唾する行為である。「つり環境ビジョン」では放射能汚染と原発についてひと言も言及されていない。

私(堀内)は、2012年3月10日の小社ウェブサイトに、原発事故への釣り具業界の対応を批判して、「釣りと釣り人を守れない釣り具メーカーに存在する意味はない。せめて自分たちの考え方を公に発信することくらいはできませんか。釣り人の応援をしてください。そうしたら釣り人もあなた方を応援する。」と書いた

逆説的に言えば、原発事故は日本の釣り具メーカーがよりよい釣り場環境を未来へと守るために政府へモノを言う圧力団体として機能する、大きなチャンスだった。持続可能な釣り環境の構築を大目的とする「つり環境ビジョン」は、うってつけの発言機会であったはずだ。しかし彼らはそれをしなかった。

釣り雑誌は対象魚の放射能汚染なんぞできれば扱いたくない

2013年1月19日
福島第一原発の港内から獲れたムラソイから、魚類の汚染最高値、25万4千ベクレル/㎏が検出されたと発表された。2011年4月の水口憲哉氏の発言を思い出す。

〈これから半年くらいは、食物連鎖の始めの部分の汚染が問題となり、1〜2年後には、他の魚を食べる魚で放射能を測れば高い値が出るようになる。…筆者はこの時コメントを求められて、〝地獄の釜のフタが開いた〟と言ったが、それを報じたところは一つもなかった。(『よつばつうしん』5月号。小社サイトで全文公開中

汚染に目をそらしても2年たって事実が否応もなく突きつけられている。じつは『淡水魚の放射能』は発行以来、大手メディアからはほとんど紹介されていない。エンタテインメント系の媒体がこの本を扱いづらいのは、小社も釣りを扱っている版元だけによく分かる。とくに釣り雑誌は対象魚の放射能汚染なんぞできれば扱いたくないに違いない。

月刊『つり人』2013年3月号は渓流の解禁特集だった。その中に〈福島県/阿賀川水系・一ノ戸川、奥川 釣りができる川もたくさんある! 福島の渓流にて。〉という記事が載っていた。読むと、国が決めた基準値以下のヤマメやイワナをおいしく食べよう、という脳天気な記事だった。

釣りの媒体の中では、唯一『ルアーマガジン リバー』誌2013年2月号だけが、『淡水魚の放射能』への長文の書評を書いてくれた。放射能汚染に正面から向き合おうとする書き手の行間に、釣り師の悔しさがあふれていた。〝忘れるものか〟〝二度と起こすものか〟という、たくさんの釣り人の声が必要だと思う。そのうち何かが変わるはずだ。

フライの雑誌社ウェブサイトでは東日本の淡水魚の放射能汚染数値をまとめた「淡水魚の放射能汚染まとめ/放射能汚染を釣り人としてどう受け止めるか」というエントリを公開している。2012年2月以降、これまでに掲載した淡水魚の検体数は600を超えた。数値をざっとながめるだけでも汚染の概要がつかめると思う。『淡水魚の放射能』と併せて読んでいただれば、釣り場を取り巻く今と未来は自ずからよく見えてくるはずだ。

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※初出:季刊『フライの雑誌』第99号(2013年2月28日発行)

※文責:『フライの雑誌』編集部 堀内正徳

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淡水魚の放射能―川と湖の魚たちにいま何が起きているのか
淡水魚の放射能―川と湖の魚たちにいま何が起きているのか

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『フライの雑誌』第99号
『フライの雑誌』第99号